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大阪家庭裁判所 昭和60年(少ハ)2号 決定 1985年6月18日

本人 Z・H(昭三九・九・二二生)

主文

本人を昭和六〇年七月一六日から同年九月三〇日まで中等少年院に継続して収容する。

理由

(申請の要旨)

本人は、昭和五九年七月一八日奈良少年院に収容され、同月三〇日に少年院法一一条一項但書による収容継続決定がなされたものであるが、昭和六〇年七月一五日をもつて同決定による収容期間が満了となる。同少年院は、本人を同年六月上旬ころに仮退院させることを目処に処遇計画を立案・推進してきたが、同年三月に至り紀律違反(喧嘩・窃盗)が発覚したため本人を一〇日間の謹慎処分に付し、その結果本人の進級も遅れて、同年六月に至つて漸く地方更生保護委員会に仮退院を申請することが可能となる一級上に進級したばかりであつて、同申請から仮退院までの事務手続には通常二か月程度の期間が必要であることを考慮すると、上記期間満了前に本人を仮退院させることは到底不可能である。

そうすると本人を同少年院から出院させるには期間満了による退院しか方法がないことになる。しかしながら、本人には入院後面会者及び通信は全くなく(父母ともに所在不明)、また同少年院に知られたる唯一の親類縁者である母方の伯母は同少年院の依頼にもかかわらずその引受を拒んでおり、本人の身柄引受人を得られない状態にある。

しかも本人の所持金は三〇〇円足らずであり、本人をこのまま満期出院させたならば、その過去の行状に照らし犯罪に手を染める虞れが大きいと危惧される。そこで本人の更生のためには更生保護会の援護が必要不可欠となるが、少年院からの退院者には更生緊急保護法の適用がなく、この援護を受けさせるためには仮退院後の保護観察以外に方法がない。

以上の点から、本人については、今後の矯正教育と仮退院後の保護観察の期間を勘案して、同年一〇月一五日までの収容継続の決定を求める。

(当裁判所の判断)

一  事実関係

(一)  本人は恐喝等の罪を犯したことにより、昭和五九年七月一六日当裁判所において中等少年院送致の決定を受け、同月一八日から奈良少年院に収容されて矯正教育を受けてきたが、紀律違反により懲戒に付されたため進級が遅れ、昭和六〇年六月一日に漸く一級上の段階に到達し、以後出院準備教育を受けている。本人自身に内在する犯罪的危険性は院内教育により相当程度減殺されている。

(二)  本人に対する同少年院への収容期間は同年七月一五日に満期を迎えることになるが(少年院法一一条一項)、同少年院長は少年を同月一六日に本退院させることについては申請の趣旨記載の理由で難色を示し、同法一一条二項に基づいて収容継続の申請を当裁判所に対して行つた。

法務省矯正局長・保護局長からの通達(法務省保観二八六号「少年院からの仮退院に関する手続について」)により、長期少年院からの仮退院申請書の送付は仮退院希望日のおおむね六〇日前までに行うべきことが定められているところ、同年六月一日に処遇の最高段階である一級上に進級した本人については、仮退院希望日が満期日以降にならざるをえないため、本件収容継続申請に対する決定が出される本日まで、同少年院から地方更生保護委員会宛に本人の仮退院の申請は行われていない。

(三)  同少年院としては、満期日までに適当な身柄引受人が現われれば本人を同年七月一六日に本退院させることも可能であるとの見解を持つていたが、本日までにそのような人物を探し出すことは出来なかつた。

すなわち、本人は大阪市旭区において父A、母B子の第一子として出生したが、三歳のときに父母は離婚し、以後父に引き取られたが、昭和五六年四月に父との話合いで別れて暮すことになり、その後現在に至るまで父の所在は不明である。母は再婚して兵庫県姫路市付近に居住している模様であるが、本人との接触はほとんどなく、また、現在の生活に影響することを恐れてか、本人や関係機関(保護観察所等)に対してその所在を明そうとはしていない。父方の親戚としては伯父がいるが、同人には昭和五七年八月に試験観察決定により少年鑑別所から本人が釈放された際に身柄引受をしてもらつたことがあるが、即日同人方を出奔した過去があり、本人も現在は同人に引き受けてもらうことを拒否している。母方の親戚としては大阪府寝屋川市に伯母及び祖母が居住しているが、伯母は本人、同少年院更には当裁判所からの働きかけに対しても頑に本人の引受を拒絶し、祖母は過去一度も本人を引き受けたことがないし、母や伯母の態度からして今回本人を引き受ける意思はないものと見られる。本人は身柄引受を行つてくれる可能性がある人物として何人かの知人の名前を挙げているが、いずれもその所在並びに人柄は明らかではなく、身柄引受の適格性も現実性もない。

このように本人には適当な身柄引受人も帰住先もなく、そのうえ所持金も僅か三〇〇円余りにすぎない。本人は本退院になれば即日新聞配達店に住み込みで就労できる自信がある旨述べるが、身元保証人もないままに少年の希望する条件を満たしてくれる配達店を捜し出すことは容易ではないと思われる。

そうすると出院後の保護的措置を講じないまま本人を出院させたならば、直ちに路頭に迷い、食費等を得るために暴力団等のいかがわしい人間と接触したり、あるいは窃盗等の犯罪を惹起するおそれが極め

て高いといわざるをえない。

二  法律的見解

(一)  少年院退院者には更生緊急保護法の適用がないので、身柄引受人・帰住先のない少年院出院者に保護的措置を講ずるためには、直ちに本退院させないで、一旦仮退院させて犯罪者予防更生法三三条一項二号により保護観察に付したうえで、同法四〇条一項更生緊急保護法六条二項に基づく更生保護会による救護を行う以外に途がなく、本件においても、保護的措置を講ずるとすればこの方法に頼らざるを得ない。

(二)  ところで仮退院後の保護観察を主たる理由とする収容継続の可否については周知のとおり議論の存するところであるが、保護処分にあつては帰住先の受入態勢並びに保護能力が性格矯正と相俟つて虞犯性の有無・程度を決することになるのであるから、在院者が出院した場合に彼を取り巻く状況を考慮して「犯罪的傾向(少年院法一一条二項)」の存否・程度を計るのは至極当然のことであり、したがつてこれを積極に解すべきこととなる。ただ注意しなければならないのは収容継続の開始されるときには在院者が二〇歳に達しているという点である。

現行法体系のもとでは、成人は成熟した人間性を有する自立した人格として措定され、各種の権能が付与されると同時に自助・独立が要請され、非違行為に対しては刑罰が科されるのであつて、発動中の保護処分も二〇歳に到達したときをもつて原則として終了することとされているのである。したがつて二〇歳に達した者に対して人権に対する制約や各種の負担を必然的に随伴する保護処分を継続することは特段の理由がない限りは相当性を充足しないと解すべきである。ましてや保護観察を目的とする収容継続にあつては、院内教育がほぼ目的を達し社会復帰が可能であることを前提になされるものであるから、その必要性が極めて強い場合、つまりこれを行わずに出院させたならば極めて接着した期間内に犯罪を惹起する高度の蓋然性が認められる場合にのみ、その相当性が肯認されると解すべきである。

そして本件は、まさにこの特段の理由が認められる事案であるから、本人について収容継続を行うことを肯認すべきである。

三  収容継続の期間等

本人については、上記したように院内教育の核心部分はほぼ終了しており、同少年院長も本決定がなされた暁には直ちに仮退院の申請を行う意向である旨を表明し、当裁判所もこの点につき遺漏なきように特に同少年院長に対し別紙のとおりの勧告を行うので、近日中に同少年院から仮退院の申請が行われると思われるが、上記通達の趣旨を勘案すれば、仮退院は昭和六〇年八月中旬であることが予想される(したがつて、本決定により本人が現実に同少年院に在院させられる延長期間は不測の事故等がなければ約一か月である。)。そしてそれ以後は、保護観察に付されるとともに本人の引受を表明している更生保護会「○○○○保護院」の救護を受けることになるが、本人が住込の可能な適切な就労先を確保し、あるいはアパート等を借りて自立した生活を始めるにあたつては多少のまとまつた金員が必要であることを勘案すると、保護観察の期間は一か月半程度で必要且つ十分であると思料されるので、収容継続の期間は同年九月末日までとするのが相当である。

四  結論

以上の次第であるから少年院法一一条四項、少年審判規則五五条により主文のとおり決定するとともに、同規則三八条二項により同少年院長に対し別紙処遇勧告書(写)のとおり勧告する。

(裁判官 野村直之)

処遇勧告書<省略>

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